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ヤバイ女の見分け方!大学生が彼女にするのはいいけど、結婚相手に選んじゃダメな女の特徴の話

どーも。ヤバい元彼女にフラれてサイトの更新も仕事も何も手がつかなくなって死のうとすら思った男顔デカ太郎@airinybsgです。

諸君、大学生活において彼女という存在はその時期をバラ色に染めてくれる魔法のアイテムだとは思っていないだろうか。

しかしそれは間違いである

※コイツは最近「かぐや様は告らせたい」というマンガにはまっています

「かぐや様は告らせたい」を観たい人はコチラ!


男尊女卑の世界とは大学においてはほぼ無関係なものである。

奢られるのは常に女であり男は常に奢り続けなければならない

※そんなことはありません、お互いに無理のないように付き合いましょう

男が力強く発言しようものなら自分へ飛んでくる罵声の嵐を覚悟しなければならない。

男は常に女性に対して気をつかって生きなければならないのだ…

※そんなことはありません、付き合うときはお互いに尊重しあっていきましょう

しかし男とて自由に生きたいものだ、生きるべきなのだ。

その時、彼女の存在が障害になるのであればそれは取り除かなければならないことだってある。

だが男はそこで躊躇してしまう。周りの友人たちがいかに別れれることを勧めてきても頑なにそうではないと否定して拒んでしまう。

そして彼女さえいればいいと言ってその友人達を切り捨てて女のもとへ行ってしまう。

されどそれは間違いなのである

彼女とは常に自分のそばにあって自分のことを思ってくれるのではない。そしていつか自分を切り捨てる可能性すらあるのだ。

またそれらは大学生の終わりが見えれば少しは意識し始める「結婚」という区切りにおいて最も選ぶべきではない存在でもある。

なんでお前、こんなに恋愛に対してネガティブなんや……?

なにを間違ったか、上記のことが全て当てはまるクソ女と付き合っていたからさ……

今回は切り捨てられる前に自分からハードウェアの安全な取り外しをできるように「ヤバい彼女の見分け方」を解説する。

 

今回の情報弱者
ヤバイ女に入れ込みすぎる情報弱者
注意
あくまでこれはネタです。特定の人物を誹謗中傷するつもりは一切ありませんし、足りない読解力で勝手に行間を読み違えた上に勝手な妄想で傷つかないでください。

ほんとうにコイツが失礼で、すいません……

突然別れを切り出してくるクソ女たち

付き合っていた彼女に急に別れを切り出された、という経験はあるだろうか?

当たり前だが起こったことに対してわかってはいてもそれで踏ん切りがついているかといえばそう出ないことの方が多いだろう。

別れを切り出されると多少なりとも自分は傷つくはずだ…

どうして傷つかなければならないんだ、と思うかもしれないがそんなことを相手は理解してくれない。


しかしこの結果になるまでに相手の行動でその予兆は読み取ることができる。

相手が自分に対して冷たい、など明らかに自分への興味関心が以前よりも低下している様相よりももっと直接的ではないもののその結果へ至る行動は案外共通しているのだ。

この女は一体誰のことを好きなのか

恋愛とは承認欲求のゲームだ

さて人間は何だかんだ自己愛をするものであるが、他人と付き合う上で相手をせめて好きでないとその関係は長続きしない。

お互いが無理をしない関係を目指したいという最近の風潮があるが、要は「ありのままの自分を認めて欲しい」という承認欲求からくるものだ。

最近街を歩いていると「自分を認めてほしい」の押し付け合いをしているカップルを散見するぞ

確かに、最近割とそういうカップルが流行ってるよね……

また別の側面から見ると「相手の存在が自分の障害になるのは困る」ということだ。

ここに1ミリでも相手を考えているのであれば「相手のために自分にとって無理のない範囲で幸せになってほしい」と思うはずだ。

これは男女に関係はない。男も女も相手のことを考えているのならばそれを言葉にした時に相手の存在がフレーズの中に自ずと含まれるはずなのだ。

これが1文字もないのならそれは「自分のことが好きで大切なのであって相手のことは自分を演出する道具程度にしか思っていない」ということになるのではないだろうか。

これを言うと大概の人はひどいだの鬼畜だの言ってくるが、自分の本質を全く考えたことがないから自分が傷つかないように立ち回るのではないだろうか……

失敗するカップルはそもそも愛していない

そう、長続きしないカップルのそもそも論の原因として「好きなのは相手ではなく自分」という心理があるからだ。

ではなぜ相手のことを好きとか言えるのか。それは…

「相手が自分のことを好きと言ってくれるから」

普通は「どこどこが好き」とか言えるものではないだろうか。それもなく「好きと言ってくれるからその人のことを好き」とかもはや意味がわからない。

ちなみにこれは著者がリアルに言われたことだぞ

単に自分を愛してくれる存在がほしいだけってことなんやね

言語化できない「好き」は好きではない

もし相手のことを少しでも疑ってしまう側面があるのなら、男女関わらず相手に聞いてみると良い。

「私のどこが好き?」

こう尋ねた時、まぁおそらく恥ずかしがってはぐらかすだろうがその上で必ず答えを引き出そう。明確な答えが出てきたならばその相手はおそらく「好きになる努力」を続けてくれているのだ。

しかしここで明確な答えや言い訳が出てこない場合、別に相手はあなたのことを好きではない。

自分を好きでいてくれる存在が好きなのだ、それは必ずしもあなたである必要はない

好かれたいから付き合ってるだけで、そこに愛があるわけではないんだね!

好きになる努力、好きでいる努力ができないなら別れろ

一目惚れほどあてにならないものはない

一目惚れなんです。そう語る人間もいるがそれはほとんど「外見」の評価だ。

しかし残念ながらその評価は絶対ではなく相対的で、周りの状態によって左右されやすくあてにはできない。

というかあてにするべきではないぞ

他にカッコイイ人が現れたら外見の評価なんて変わるもんね

また外見はほとんど若さと同義であり経年劣化する。であるにも関わらずずっと一目惚れした時のままの気持ちしか持っていないのならそれは怠惰だ。

努力なしに人を好きにはなれない

長く一緒にいれば必ず相手の粗や合わないところが必ず出てくるが、それを最初の時の気持ちだけで乗り切るのは不可能だ。

そんな時に必要なのが「好きになる努力」「好きでいる努力」だ。

これは決して「もうこの人しかいないからなんとか好きでいないと」とかそういうことを言っているのではないぞ

相手を大切にする上でどうやって大切にするかがわからないのなら、ずっと相手を好きでいるようにしろということだ。

好きになる努力とは「言語化」することだ

でも…好きでいる努力ってなにをしたらいいん?

ものすごく簡単に説明すると自分が相手のことを好きな理由を言葉で説明できるようにしろ、これだけだ。

言葉で説明するには相応に相手のことをよく観察し、よく考えなければならない。

それをしているうちにどこを好きなのかは自ずと明確になるし、そうすることで相手への信頼にもなるぞ

相手のことを信じられない場合のほとんどが「自分にもできないから相手もできない」という状態があるからだ。

自分は相手の具体的に「ここ」が好きだと明確に断言できるのであればその点の不安は解消されて、相手にも信頼をおけるようになるのだ。

相手を信用するにはまず相手のことをよく知った上で自分が信頼しなければ相手が信用してくれるわけはない。

お互いに好きになる努力をしなければならない

だがしかし悲しいかな、ここまでやったところで自分への対応を変えてくれないヤツもいる。

自分がどんなに努力を続けたところで相手は努力してくれないこともあるぞ…

そんな時には最後通告を兼ねて「自分は好きでいる努力をしてどこどこが好きだとわかった。あなたは?」と言ってみよう。

その場で答えは出ないだろう、そりゃそうだそれまでそんなこと相手はしていないのだから。


少し時間をおいて、自分がどうしても相手に不満が溜まった瞬間にもう一度尋ねてみよう。

「自分は好きでいる努力をしているけど、あなたはしてくれた?」

正直これを言わせる時点で終わってるっちゃ終わっているのだが、ここまで言われて改善してくれないような奴はさっさと切り捨てるべきだ。

自分の努力はたしかに他人にはわかりにくいかもしれない。

だがそれを言葉で伝えたのにそれでも何もしてくれないのであれば間違いなく相手は「自分のことを好きと言ってくれる人が好き」なのであってあなたを好きなのではないし、まして愛してくれてなどいない。

記事のまとめ

というわけで今回は「クソ女の見分け方」について解説しました。まとめるとこうなります。

  • クソ女とは「自分のことが好きなだけの女」である!
  • 相手のどこが好きか答えられない人は疑った方がいい!
  • お互いに「好きになる努力」が出来る人と結婚しよう!

結論:恋愛は慈善事業じゃない。


恋愛は究極の自己満足行為だ。

しかし必ず相手が必要な以上、自分と相手の利害関係が一致していなければならない。

そうなった場合に自分の支払ったあらゆるコスト(時間・お金)を相手にも自分への相応の見返りとして求めるのは決して間違ったことではない。


もちろん自己満足のために支払ったコストなのだから相手には見返りをする義務などないと言ってしまえばそのとおりなのだが、恋愛が自己満たる最大の理由は結局自分が愛されたいからだ。

その点において自分は自己満足のために支払ったコストで相手の愛されたいという欲求も満たしている。ならば相手も満たされた相応の見返りは支払うべきなのだ。

見返りのない行動はただの浪費でしかないぞ

恋愛をここまでクソ感じ悪く語るお前マジでヤバいわ

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