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インスタ映えとかバカじゃね?!いいねに囚われることのクソさを解説する話

どーも四六時中さえない男……顔デカ太郎(@airinybsg)です。

著者はこんなさえない男なので流行りに疎いのだが、それにしたってバカバカしいなぁと思うのが「インスタ映え」である。

まぁ昔の人も自身の肖像画をとてもそっくりに描く絵師よりも「そこそこ映える感じ」にする絵師の方が重宝されたというから、画像を加工する現代人の感覚は手段が変わっただけで昔からやっていたことだろう。

義経なんか短足のチビらしいしな

なんか昔に大河ドラマでジャニーズがやってた気がするけど

ナポレオンも似たような感じやしな

しかしそれにしたってインスタ映えの「小道具」に使ったものをきちんと処理しない人間がいるのはいただけない。

というわけで今回は「人間って虚しいなぁ」と思ったエピソードを元に、決してインスタ映えしてなくてひがんでいるとかそんなことはない著者が語る「インスタ映えなんか糞食らえ」を解説しよう。

 

今回の情報弱者
意味もなくインスタ映えを追いかける情弱


インスタ映えとは?

だんだんと理解できない方向に走ってるインスタ映え

そもそもインスタ映えと言っても著者のような20代のおじさんには到底「理解しがたいもの」が多い。

はじめは美しい景色や食べ物、あるいは絶景など「見ておぉと感嘆してしまうようなもの」が多かったものに対して、次第にカラフルなものや見た目が可愛らしいだけのものが重宝されるようになっている。

例えば原色というか蛍光色に近いようなパッと見ただけで目を引くような色合いの食べ物などがその最たる例だ

しかし変な話、そんなものもちろん「着色料」を使っているわけでただでさえ不健康な素材を多用しているのにもかかわらず、決して体に無害とは言えないものを使っているのはどうしてだろうか。

そこまでしてインスタ映えを意識する必要があったのだろうか。

インスタ映えをさせる店のビジネス的な思惑

何もインスタ映えを目論んでいるのは原宿や渋谷など若者の街と言われる場所にある店などだけではない。

というのも焼肉たむらを経営する芸人のたむらけんじ氏がかつて番組で言っていたのだが「今はSNSで呟いてもらった方が効果がある」とのこと。

たしかに言われてみれば広告を打つにも紙媒体の物だともちろん印刷代・配送料などからデザインに至るまで自社では解決できないことが多数あって多額の費用がかかる。

その上、紙の広告(チラシ)はポスティングするか街頭で配ったりどこかに配置しなければならないが、確実に受け取ってくれる訳でもないし受け取ってくれても殆どがゴミ箱へ直行してしまう。

かける費用に対して得られる効果があまりにも薄いのだ

広告ってわかってたらあんまり見てもらえへんもんなぁ

ネットでの広告もそうでこのサイトでもそうだがサイトに貼られている広告は「そもそもユーザーから見た信頼性が低く」サイト側の広告のはりかたによってはブランドイメージを傷つけることになりかねない。

これに対してSNSでの広告、というよりは口コミに近いが発信者の信頼性や拡散度合いが重要視されるのでインフルエンサーがつぶやくだけでそのほかの媒体以上の広告効果が見込める。

なのであらゆるお店があの手この手でSNSを使ったキャンペーンを展開している。

いいねやフォロワーの数が信頼性につながることへの違和感

なぜフォロワーが多いことが信用に繋がるのか

さて、インフルエンサーの定義として「世間に与える影響力が大きい行動を行う人物」とあるが、それがなぜ「フォロワーが多ければインフルエンサー」とおもわれるようになったのだろうか。

影響力が大きい、という面から考えると例えばタレントならば単純に露出機会が多いのだから心理学でいう「単純接触効果」で好印象を持つのは理解ができる。

また影響力=権威とするならば大学教授なども当てはまるだろう

iPS細胞のことならば京都大学の山中伸弥教授が語ることが最も信頼性が高いだろう。彼はノーベル賞までとったiPS細胞の分野に関しては権威中の権威なのだから。

同じようなことでなんらかの実績が評価されている人も当てはまるだろう。

いいねやフォロワーの数が信用度になるのは無理がある

しかしそれが「SNSのフォロワーが多い人」にも当てはめるのはあまりに強引すぎると思うのだ。

というのもフォロワーは賛同者や仲間だけではないからだ

どういうことなん?

最近は運営側もその排除を躍起になって行なっているが「フォロワーは金を払えば買える」のだ。

もちろん全てのフォロワーが多いユーザーをこれに当てはめる訳ではないが、何千といるフォロワー全員がアクティブユーザーかと言ったらそんなことはないのは事実だろう。

少なくともその点においてはフォロワーの数を信用できない理由として適していると言える。

フォロワーなんて大して自分のことを見ていない

例えば情弱めっ!もツイッターをやっているが、運営している2人がやる気も興味も根気もないおかげでフォロワーは1日のサイトPVの10分の1未満の数字しかない。

仮にフォロワー全員がアクティブユーザーであってこのサイトに興味深々の人だったならば、ほぼ毎日更新しているこのサイトのPVは少なくともそのフォロワーの数だけは稼げているはずなのだ。

一応それを調べる方法としてはGoogleAnalyticsのどこからサイトへやってきたかを調べるページでわかる。

ちなみに先月はSNSからこのサイトへやってきた人は200人にすら達していない

このサイトのツイッターにはフォロワーは200人おるはずやねんけど……月で200人に達してないとは……


またそもそも思い出して欲しいのだがフォローするなんてボタンを押せばできる超簡単な作業なのだ。

フォロワーとは「フォローボタンを押された総計」なのだから、それが多いからその人は信用できるなんてありえるわけがない。

同じことはいいねやツイッターのリツイートにも言える

もはや流れ作業でとりあえず全ての投稿をいいねやRTしているアカウントすらあるのに、そんなものの総計が信頼性の担保であってなるものか。


オリエンタルラジオの中田氏がかつてある記事内にて言っていた「フォロワーが多くてもいいねやRTなどアクションをくれる人はとても少ない。全てのフォロワーが自分へのロイヤルティーが高い訳ではない」という話。

ある意味ロイヤルティーは信頼と言い換えれると著者は考える。

ロイヤルティーは日本語にすると著作料や使用料といった言葉に言い換えられるが、相手のことを本当に信頼していたりよほど好きでない限り「お金を払う」ことまでは難しいのではないかと思う。

フォロワーの中で金払ってくれるほど自分のこと好きな人はあんまおらんってことか

そういうことやな

いいねのために何を犠牲にしているのか

インスタ映えするタピオカを買ってそのまま捨てるクズ

さてここまで散々いいねやRTを獲得することをばかにしてきたが、著者が本当に愚かしいと思うのはその獲得手段だ。

先日掲載された記事があまりにもみっともなくて嘆かわしい限りだった。というのも渋谷や原宿などでタピオカのドリンク容器がそのまま投棄されているのだ。

ものによっては中身がほとんど入ったままのものすらある

買ったならせめて飲めよ……

実際著者もこの記事を書く前に行ってみたのだが、もちろんあちらこちらに捨ててある訳ではないがたしかに何度か見かけたのでこの記事が言っていることは事実なのだろう。

モラルが最底辺なうえ、全てにおいて無駄でしかない

たしかにタピオカドリンクの容器はどれもおしゃれで可愛らしいものが多いが、飲み終わった容器を道端に捨てるのは流石にルール的にもモラルとしても「劣化している」と言える。

まさかそれをSNSにあげる写真のために使っただなんて「無駄としか」言いようがない。

まして口も付けずに捨てるだなんて常識を疑う

食べ物を残すことはコスト面でも悪でしかない

食べ物を粗末にするな、を決して著者は「食べられない人のことも考えろ」なんて無茶なことは言わない。

しかし写真のために粗末にするのは単純に無駄でしかない。

食べる気がないのなら買うな


飲食店で働いているとあまりにも食べ残しが多い人がいる。

こういう人も「自分で買ったものだから自由にしてよい」と思っているかもしれないが捨てるのにも金と手間がかかるのだ。

分別や処理がものすごく時間がかかって結局店の費用を圧迫してしまう。

そこまで考えてその写真を撮ったり食べ残しをするのならすれば良いと思う

食べれる分だけ注文するべきやな……

記事のまとめ

というわけで今回は「インスタ映えなんて糞食らえ」ということを書きました!まとめるとこうなります。

  • インスタ映えを狙う店舗はビジネス的な思惑を持っている!
  • フォロワーの数を信用度と履き違えるのは頭が悪すぎる!
  • いいねのために何を犠牲にしているのかを冷静に考えろ!

結論:いいね!って何がいいの?いいねって本気で思ってるの?


別に全てのユーザーがこんなリテラシーの低い人間だとは思わない。ただ実際そういった人間もいる中で同じようなことをしようとは著者は思わない。

個性やら奇抜さを出したいならくだらない大衆迎合はやめるべきだ。

お残しは許しまへんでぇ!!

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