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身近に潜む宗教の恐怖!意外とすぐそこにある宗教の恐ろしさを解説する話

どーも、ようやく宗教の記事を書く気になった男……顔デカ太郎(@airinybsg)です。

宗教の記事を書くといっても著者は決してえらてんさんのように自分で宗教までやったことがあるほど宗教ガチ勢ではないので基本的に「受験勉強で必要な範囲」と趣味で多少調べた程度でしか知識はないのだが、著者の人生においては宗教というものは大いに影響を主に悪い方向で与えてくれている。

そんな著者のように直接的に悪影響を被った人もいれば、気づかないうちに宗教の考え方が当たり前になって世間と乖離してしまったというパターンもある。

今回は当たり前のように生活している中にも宗教は当たり前に存在し、そこから生活につけ入ろうとしていることを解説しよう。

知れば知るほど宗教は恐ろしい……

 

今回の情報弱者
知らず知らずのうちに宗教の影響を受けている情弱


日本は無宗教?むしろ宗教のごった煮状態だ

かつて「国家神道」という体制を敷いていた日本

往々にして日本人はキリスト教が伝来してもそこまで普及せず比較的無宗教な人民と国家であると日本人は思うかもしれないがそんなことは全くない。

少なくとも明治維新から終戦までの大日本帝国の体制は「国家神道」という超簡単に言えば神社を日本の主たる宗教に設定していた。

恐ろしいことにこの国家神道の考え方の根底にあるのは「神道は宗教ではない」というもはや理解しがたい考え方だ。

神という概念を「信じなければ」ならないのに宗教ではないというのだ

もはや意味わっかんねぇな……

GHQにより無宗教と「思われている」日本が誕生したが…

大日本帝国憲法においては臣民の信教の自由は保障されていた。しかし神道は宗教ではないという解釈を用いたため、神社を崇拝しなければならないなどかなり突飛な思想すら肯定されかけていた。

また国家神道というものは国の基本姿勢に神道の考えを用いるということで有名なところだと教育勅語などがその影響を大きく受けている。というかこの教育勅語自体が大日本帝国下における神社崇拝の肯定と国家神道の経典であった。

しかし敗戦とともにGHQによってこれらも廃止もしくは禁止解体されて現在の「無宗教」と思っている日本が完成した。現在の日本は厳格な政教分離原則に基づいている。

とは言ってるけど文化の根底には宗教から来ているものが多いよ

何気ない行為の中にも様々な宗教が関わっている

例えば日本では食事をする際に「いただきます」というがこれだって宗教的価値観からきた文化だ。諸説あるとは言え「食材への感謝」を述べるということがそもそも「食材へ感謝をする」という行為に疑問を持っていてはできないことだ。

キリスト教圏においては食事ができることを主へ感謝したりするがこれは日本の「いただきます」とは微妙に異なった価値観によって行われているものだ。

他にも12月の下旬はクリスマスで日本の街は熱狂するがそもそもはキリスト教圏における生誕祭であることは有名だ。しかしこれも終わって仕舞えば次は元旦から神社へ初詣に向かう。

人間が死んだ際に日本は特定の宗教を信じていなければ基本的にお坊さんを読んでお経を読んでもらって葬式を行う。

たった3つの出来事であってもバラバラの宗教のイベントが日本国内では行われている。

これは1つの宗教が広まっている国では見られない稀な光景だ

宗教と政治は関わらないのが原則の日本だが実際は……

日本は「政教分離」という原則を持っている

先ほど少し触れたが日本は政教分離原則に従って特定の宗教の習慣や考え方を政治に取り入れたりはしない。この原則を採用しているのはアメリカなどがある。

しかしアメリカではキリスト教カトリックの考え方によって「人工中絶の禁止」が一部の州で法律として可決されている。これに違反して中絶をすると妊娠していた女性と中絶を行った医師は罰則が適用される。

カトリックの考え方によって……ってそれ宗教を政治に取り入れてるやん!

政教分離原則があるはずのアメリカでもこういった宗教の考え方によって法律が作られる事態になっている

だが日本でも政治の裏に宗教は潜んでいる

日本においてはあまりわかりにくかもしれないが、ほとんど公然の秘密になっているものの政権与党である自民党と連立政権を組む「公明党」は母体が「創価学会」という宗教法人である。

ただ政府は今までもおそらくこれからも公明党の議員が政府に関わることや公明党の存在を政教分離原則に反するものではないとしてる。またそれを支える考え方として宗教法人が政治活動をしてはならないとしているわけではないという考え方もある。

てゆーか宗教法人とかが母体になってたり支持してる政党って他にもあるしな

公明党とかなり似たようなもので政党の要件は満たしていないが幸福の科学を母体とする「幸福実現党」がある。

また実は自民党も神道政治連盟という日本の神社などを統括する「神社本庁」が母体となる団体から支援されているため、日本の与党は何かしろ宗教団体と関わりがある。

また他にも自民党は韓国が発祥の世界平和統一家庭連合というキリスト教の教えを元にした宗教の支援も受けている。

なんかその名前は全く聞いたことないな今までの中で

日本でもっとわかりやすい名前にすると「統一教会」になるからな

「統一教会」というヤバイ宗教

キリスト今日の中でも異端とされている存在

おそらく日本でのヤバイ宗教といえば真っ先に名前が上がるのが「オウム真理教」だろう。化学兵器を使った未曾有のテロ事件まで起こし13名もの人間が死刑判決を受けることにもなったことを知らない人はいない。

だがそれ以外にも知れば絶対に近寄らない宗教は沢山ある。その1つが先ほど紹介した世界平和統一家庭連合、またの名を「統一教会」だ。

教えのベースになるのはたしかにキリスト教なのだが、あまりにもキリスト教の経典である新約聖書の解釈が曲解されていることや、キリスト教以外の宗教や文化の影響を大きく受けているため殆どのキリスト教団体から「異端の存在」とされている。

同じようなものに「エホバの証人」などがある。これも中々に知るとヤバイ団体だ

合同結婚式というスピリチュアルマッチング

統一教会がヤバイとされる代表のエピソードが「合同結婚式」だ。

恋愛結婚が推奨される現代において統一教会は「スピリチュアルなマッチング」を根拠として実際に結婚するまで殆ど顔合わせなど一般社会において「お付き合い」と呼ばれるような期間を経ずに結婚してしまうシステムを最も重要な教義であるとしている。

その上で統一教会のマッチングによって結婚するカップルたちは韓国で行われる合同結婚式で愛を誓う

また他にも血分けという韓国などで主流なキリスト教が異端とした者を教祖との性行為で血統の浄化をするという儀式も存在したとされ、同じようなことはオウム真理教でも教祖の麻原と性行為をすることが修行の1つにもなっていた。

反日的要素もあり色々とヤバいのだ

統一教会はこれまでこの合同結婚式やいわゆる霊感商法などを用いた悪徳商法で社会問題になっている。極めて教えが反日的要素が多くあるのも特徴だ。

特に韓国をアダム、日本をエバとしてキリスト教の教えにおける先に堕落したエバがアダムに尽くし贖罪しなければならないという考えのもと、合同結婚式などでは韓国人男性と日本人女性のカップルが多く誕生している。

結婚後日本人女性は韓国に渡り、男性の家族に尽くさなければならないとされている

統一教会の信者同士の結婚によってできた子供は神からの祝福を受けているとされたが、それ以前にできた子供(信者以外の子供)がいた場合その子供は穢れた血を持つ忌まわしき子供として差別されている。これによって虐待・ネグレクト事件なども発生している。

ヤバイ宗教の特徴は「隔離」にある

統一教会をはじめオウム真理教、この記事では単語だけ紹介したエホバの証人などに共通している特徴が「隔離」だ。

ある意味教えが社会から乖離しているからこそ信者を社会から隔離せねばならないのだが、自らを正当化するためにヤバイ宗教は隔離をしたがる傾向にある

しかしこれは何もこれまで紹介してきている「新宗教」と呼ばれる誕生からの歴史が浅い宗教にばかり共通するものではなく、それ以前から存在する宗教にも同じことは当てはまる。

というか結局のところオウム真理教のテロを正当化する気はないが日本の仏教だって武装して戦ったこともあったし、世界を見渡せば宗教が自らの教義や立場を正当化するために戦争や殺戮、ある種その時代における反社会的活動を行うのは摂理と呼んでも致し方ないものだ。

その上でただでさえ科学技術が発展し宗教の存在価値が問われている現代においては、教義が社会と乖離しやすくなっているため獲得した信者を手放さないために彼らを「隔離」しようとする。

ヤバイ宗教と出会ってしまったら

対処法は「立ち去り連絡を絶つ」それしかない

日本は無宗教という思い込みから宗教への耐性が壊滅的にない。そのため宗教を利用した悪徳商法にも引っかかりやすい。逆にこういったことには特定の宗教を信じている方が騙されにくい場合もあるのだ。

しかしなんにせよ偶発的なタイミングで宗教と出会ってしまうことはある。宗教と気づかなかったならば対処しようもないが、もしヤバイ宗教だとわかったならある程度の対処法でどうにかなる。

具体的な対処法とは基本的に1つしかなく、その場から立ち去り連絡を絶つ、以上だ。

えらい強引やな……

正直これ以外にどうにかする方法なんかないよ

宗教が習慣となっている人を変えることは簡単ではない

連絡手段を残しておくだけでヤバイ宗教の魔の手からは逃げられない。

特に宗教を一家で進行している場合など、子は親から宗教の教えに従った教育をされているのでもはや習慣だ。習慣となっているものを変えるのは簡単ではない、右利きの人間が次の日から左利きになれるかといえばそんなことはないように。

ただまぁ著者の主観だが妄信的に宗教をただ信仰と言いつつ都合よく利用しているだけの一家は子供への教育も宗教の名の下に理不尽なものをしていることもあるため、必ずしも宗教の教義に則った理想的な人格者になっていることはない。

あ、お前の元カノの話か

その話をさせると長くなるぞ。知りたい人は下の記事のリンクから著者の悩みのタネを見てみてね

著者がメンタル的にやばいから全部吐き出そうと思ったっていう話  

ヤバい宗教は関わらない以外の解決策がない

宗教の反社会性は歴史から見ても際限なく繰り返されている。その一方、ある意味で人が信じて救われたいと望む限り宗教は無くならないだろう。

結局のところこれらの反社会性は「信じているもの」と「信じていないもの」あるいは別のものを信じているものたちがそれぞれの考え方の違いから対立しているだけで、宗教そのものが悪ということはない。

イスラム教の考え方にこういうものがある。

「ユダヤもイエスも神のことばを受け取っている預言者である点においては自分たちと同じだが、ややその言葉を正しく理解できていないようでイスラムの始祖であるムハンマドはことばを正しく理解した最高で最後の預言者である」

これを引用するならば同じ「神からのことば(予言)」であっても受け取る人間によって捉え方は様々である

そこから歴史もさらに応用するならば元々は同じ予言から預言者が書き起こした経典を元に広まった宗教ですらもあやふやな解釈が多ければ多いほど、広まる過程で微妙に解釈の差が広まり最終的にいくつもの宗派や別の宗教への分離してしまう。

所詮は伝言ゲームでしかないものを人づて耳打ち程度の正確性でまともに100%内容がそのまま伝わるわけもない。


ヤバイ宗教も結局は人から人へと伝わる間にニュアンスなどの違いや悪意ある改変を受けた結果、やばくなってしまっただけで「信じている人にはその差などわかるわけもない」ので間違っている場所を指摘するなどそもそもなんの意味もないのだ。

つまり結局のところ、ヤバイ宗教への対処法は自ら距離をとって連絡を絶つ以外にない。間違っても誰かに広めてはいけない。

表に出さないだけで宗教を信仰している人は多い

記事のまとめ

というわけで今回は「身の回りに潜む宗教に気をつけよう」ということを解説しました!まとめるとこうなります。

  • 「いただきます」など、普段の何気ない行動にも宗教は潜んでいる!
  • 日本は「政教分離」という原則があるが、政治と宗教は無関係ではない!
  • 結局のところ、ヤバい宗教の対応策は「関わらない」に尽きる!!

結論:救う人を選んでいるのならばそれは神や信仰の対象ではない。


基本的に宗教は「信じるだけで救われる」とか「修行をすれば救われる」など日頃の行いを改めるだけで救われるという手頃さが売りのスピリチュアルアイテムだ。

そこに実現性は必要ではない

これは裏を返すと自分たちの信者以外は救わないといっているに他ならずいかに宗教が不寛容であるかが伺える。

まぁキリスト教の教えには神への信仰とともに大切なものが隣人愛であるとしているが隣人が誰であるかまでは触れていない。基本的に経典には敵役としての異教徒はいても敵でも味方でもない異教徒はいない。


他にも著者が嫌いな宗教の特徴が「神を信じているのか、代弁者を崇拝しているのかがわからない」というところだ。

教会に行ってミサに参加して主への救いを求めているのか、それともただそこにいる牧師や神父のことばに圧倒されてすがっているだけなのか

そこまで考えない能無しが著者は嫌いだ。愚かしさも極まれりだ。

著者の元カノとその家族、いや金光教の先生(爆笑)もそんな感じがしてならなかった。代弁者は神の意向を振りかざすべきではない、というか振りかざすのであれば背信行為だろう。

信じる対象を疑ってかかるのは確かにまずいことかもしれないが、信じるからこそ完璧を求めたい。神はそんな人間が達成できないことをできるからこそ信仰されるのではないだろうか。

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